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セミナー

◆◆グーグルウォッチの中国の記事

今日は1000冊ある本をすべて処分することにした。Kindleがあれば本は要らない。100冊だけ残しておくが、あとはBook Offにあげてしまうことにした。捨ててから、必要ならまた買えば良い。衣類等は妻が殆ど処分したので、私の部屋に残っているのはこの本とバイク部品だけだ。これが無くなれば、8畳の部屋が広くなる。

朝は不思議だ。翻訳をすることに抵抗を感じない。昼間は違う。翻訳することを私の脳が拒否するのだ。どうしてだろう。すぐ飽きてしまう。朝は何時間でも飽きない。だから昔の人は早起きは三文の得と言ったのだろうか。昨年オートバイの練習をしているときもそうだ。毎朝、練習に出て行くことに疑問を感じないし、どこまでバイクを倒せば転倒するのかを毎日練習していた。冷静に考えれば、いつ体がバラバラになってもおかしくなかった。そう言う時は怪我をしないものだ。

このブログも一緒だ。欧米人が何を考えているのか、日本人とどう違うのか。中国人とどう違うのか。そればかりを考えて、もう一年になる。こうしたことは昼間は出来ない。毎朝3時間の翻訳と昼間の勉強をあわせると気が遠くなる ほどの量になった。一ヶ月前の情報ですら、多すぎて読むことが出来ない。こういう習慣は大事なことだ。そう見てくると、このテーマの取り上げ方に脈絡があることに気付いてくれると思う。

ところで、このグーグルの前に中国元の切り上げの話をしたが、昨日のヤフーのニュースで、米紙ニューヨーク・タイムズが8日に元の切り上げがあるのではないかと報道していた。 Financial Timesも同様なことを書いているが、こうして、幾つかの論文とか記事を読んでいると元の切り上げが本当にあるのか疑問に思う。Funaicial Timesが言うように変動枠を1%に変えるぐらいなのだろう。それ以上のことはしないと思う。胡錦濤主席が来月訪米するそうだが、それにあわせて元が動くと言う噂を聞いたが、その程度の変動だと思う。

米民主党のミシュー下院議員ら超党派の130議員が2010年3月15日、中国は為替を操作しているとし、「中国に対する人民元の切り上げ圧力を強めるべき」とする書簡をロック商務長官、ガイ トナー財務長官に提出した。http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2010&d=0317&f=business_0317_093.shtml  と言う記事があったが、その通りにはならないだろう。

 
今日のグーグルウォッチは以前も取り上げたように、グーグルに対していろいろ批判的なことを言うサイトの記事で、今回もグーグルに対する検閲に関しての以前の記事を取り上げてみた。かっての状況がそうした視点からよくわかる。昨日からの続きだ。では始めよう。

 

2004年9月のグーグルウォッチの記事

我々はグーグルと中国に対して、何らかの見解を持っている訳ではない。米国愛国者法制定以来、我々もまた、アメリカ政府とともに、グーグルの行動について何を考えるべきか知る由もない。

米国愛国者法:テロリズムの阻止と回避のために必要な適切な手段を提供することによりアメリカを統合し 強化する2001年の法 ( Uniting and Strengthening America by Providing Appropriate Tools Required to Intercept and Obstruct Terrorism Act of 2001 )

我々がグーグルから完全な開示を受けているのであれば我々は意見を言うだろう。これはもっと重要な問題であり、基本的な課題だ。グーグルが大事だと思っていることにたして、誰も信じていない。我々の知ったことではない。

嘘。真っ赤な嘘。そして、Brin(グーグルの創業者)の見解

2004年9月号のプレイボーイの雑誌の4月に行われたインタビューで。

プレイボーイ:中国政府がグーグルを妨害したときあなたはどのように対応したか?と言うのはあなたの検索エンジンが法輪功とか民主主義を支持するサイトのような中国政府が禁止しているサイトを示しているので。

Sergey Brin:中国は実際に2度、我々を閉鎖した。

プレイボーイ:あなたは中国政府があなたのサイトを妨害しないように、交渉したか?

Brin:いや。中国では我々のサービスに対して十分な一般の需要があった。ーー情報、商業など。ーー政府が再度、我々が出来るようにした。

プレイボーイ:あなたは中国政府が決めた条件に合意して来たのか?

Brin:いや。中国はそうしたことを要求したことは無い。しかしながら、他の検索エンジンがここで現地の存在感を確立して来ている。こうした事業を行うことの代償として、かなり制限した情報を提供している。我々は中国では販売チームはいない。にもかかわらず、多くの中国のインターネットユーザーはグーグルに頼っている。中国にたいして、公平を期すために言えば、中国政府は検閲材料に関して明確な要求はして来ていない。他所のポータルがここで存在感を確立する政策について私はハッピーだとは言わない。

プレイボーイ:中国政府の検閲はどのサイトの対して行っているのか?

Brin:私は様々なことを聞いて来ている。しかし、私は又聞きの噂を広めたくはない。ハーバートのサイトでは世界中の異なったところからのあなたが得ることが出来る、出来ないものをリストしている。

Larry Page:「検閲」そして「(ハーバード・ロース クー ル のインターネット・社会)バークマン・センター」を検索すればそのウェブサイトを得ることが出来る。(編集者注:このウェブサイトとは cyber.law.harvard.edu/home) ここは幾つかのすばらしいプログラムを持っていて、自動的にウェブで、何が使用できるか出来ないかを追跡している。

プレイボーイ:検索結果を妥協するか、数百万人に利用できなくなってしまうのかを選択しなければならないとしたらあなたならどうするか?

Brin:難しい質問だ。難しい挑戦だ。時々「邪悪になるな」政策は正しく何が邪悪なのかについて多くの議論になって来ている。我々が知っている一つのことは人々がより良い情報によってより良い意思決定をすることが出来ると言うことだ。グーグルは人々の生活の中の有益な道具だ。グーグルが人々の生活を助けて来た、極端なケースがあると聞いている。

プレイボーイ:グーグルは生活をどのように助けて来たのか?

などなど http://www.google-watch.org/playboy.html

 
以下引用すると、この記事の2年後であるが、こういうのがある。:

予想よりも早い展開だった。米Google共同創設者のSergey Brin氏は6月第2週,Googleが中国政府からの圧力に屈して「don’t be evil(悪行にはかかわらない)」という信条を曲げ,同社の中国向けWebサイトで検閲を行った事実を認めたのだ。ところがBrin氏は過失を認めただけで,検閲をするという判断は見直さなかった。6月8日の時点で,Googleは中国向けWebサイトで検閲を続けている。ただしBrin氏は,進行方向 を逆転させる可能性を示唆した。2006年6月13日 http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/USNEWS/20060613/240713/

 

今日のプレイボーイとの話では検閲について明確に応えていない。グーグルウォッチの意図がわかる。このころから、グーグルは中国の検閲について相当悩んでいたのだろう。以前のグーグルの特集の時にも、暗に、国家のこうした制約が世界の情報化の大きな阻害要因だと言っていた。結論としてはグーグルはこの「Don’t be Evil」のマントラを曲げることは出来なかった。

中国は昔から「上に政策あれば、下に対策あり。」こうした中央政府の検閲は中国のビジネスマンであれば誰もが知っていて、本当の情報は海外から入手している。それに対して、大した規制をしている訳ではない。というのは、なぜ検閲しているのかを考える必要がある。それは昔から一緒で、共産党政権だからではない。中央政府の転覆、錯乱、騒擾の防止が目的だ。たとえば、法輪功はかっての黄巾の乱に始まって、太平天国の乱に至るまで中国政府は宗教活動を畏怖した。現代も全く変わらない。そうした報道は一切認めない。

そうした背景がこのインターネットの検閲の背景にある。グーグルは自らの信条に忠実に中国政府に対応したのだろうが、こうした中国の歴史観を考える必要もありそうだ。それと彼等はこうした中国の文化をきっと知らないのかもしれない。この国は他国と違う特殊な文化を持っていて、グローバルな国ではあるが、決して無くならない収賄文化がある。先ほどの宗教活動の人権問題とかこうした収賄を白人の文化は許容しないが、これは決してなくならない中国固有の文明だ。アメリカ人はここのところを良く非難するが、この部分は中国語を止めない限りなくなることは無い。今日はここまで。


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http://www.chinabusiness-support.com/archives/363
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海野 恵一

スウィングバイ2020株式会社 代表取締役社長
海野 恵一
スウィングバイ2020株式会社 代表取締役社長。
1948年1月14日生まれ。東京大学経済学部卒業。
1972年、アメリカの監査法人アーサー・アンダーセン(1989年からアンダーセン・コンサルティング、2001年から現在のアクセンチュア)に入社。
名古屋事務所所長、経営戦略サービスグループリーダー、石油業北アジアリーダー、石油業アジアパシフィックリーダー、素材・エネルギー本部統括パートナーなどを歴任し、2001年に代表取締役に就任。
2003年の退任後は顧問に就任(2004年に退任)。2004年にスウィングバイ2020株式会社を設立、代表取締役社長に就任。
2008年現在、新速佰管理咨詢(大連)有限公司董事長、新速佰管理咨詢(上海)有限公司董事長、大連高新技術産業園区招商局高級招商顧問、大連市対外科学技術交流中心名誉顧問、無錫軟件外包発展顧問、
対日軟件出口企業連合会顧問、環境を考える経済人の会21事務局員を務める。