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セミナー

◆◆言い分言い訳言い逃れ
前回の話から今回の話に手をつけようとしていた夕方にも正にそれが発生しました。こともあろうに こんな話を書いている最中にです。もう笑うしかない・・・・。とほほ

プリンター修理のために呼んだ会社の人間がドアを叩いたけど 誰も出なかったので 帰ったと言うのです。この話を書いている最中ですよ。部屋の中には5人、しかも ドアは開けっ放し、誰が ドアを叩いたのでしょう・・・・冗談じゃない。

そんな言い逃れが 通用するてえのか?見え透いているぞー。バカにするなー。舐めているだろ?・・・ そして 彼は 明日になって来て平気な顔をして僕達に言うのです。

「マンションの番号を聞き違えた。」

「携帯の声が聞き取れなかった。」

このように 自分のことについては 徹底した責任転嫁と自己正当化をしようとします。正直 見苦しいほどです。日本でも たまにいますよね。 「携帯に電話をしたんですけど、出てもらえずに・・・」って言い逃れ それを防止するために ワン切りであっても すぐにこちらから 携帯に電話をしたりします。そうすると 今度は 相手が出なかったり・・・ 

一度電話して 連絡をしたけど 連絡が取れなかったなんて言い訳するなー それが通用すると思っているのかぁ? 彼等の論理は 聞き取れなかったのは悪い事じゃないのです。しょうがない事なのです。 聞き違えたのは 教えた人間のせいでもなく 聞き間違えた人間のせいでもないのです。

ザルのような言い逃れが通用する国だと言う事は判ったうえで住んでいるのですが・・・。すごいでしょ?! たまりませんねー 言い分ならともかく言い訳も許しましょう

でもね、言い逃れや 口答えだけは、どうも許せませんねぇ。 いや許してはいけません。アウェイの中国であってもね。 どうもお互い様で 自分もその中に浸かりたいんですな。それを許さない厳格さやけじめには びっくりするようです。 それにしても この内容を書いている最中にこれが起こるとは・・・。

ここの部分は 本当に中国の悪い癖です。それしか言いようがありませんな。いいところもたくさんある国なのに 情けなくなる時がすらあります。次からは容赦しないぞと 何回心に決めたことかww 

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山口 康一朗

山口 康一郎
1958年 鹿児島市に衣料品卸業の家に生まれる
1975年 17歳で喫茶店を開業
1981年 23歳で結婚、中古電化製品販売会社を起業。
      中古電化製品専門店3店舗、
      携帯電話販売店AUショップ6店舗、
      金券ショップ3店舗まで拡大。

2000年 福岡にビジネスコンテンツ目的の、
      コンプリート(株)を設立する。

2003年 鹿児島事業の状況変化のため、福岡撤退、道
      半ばにして鹿児島に戻る。7年ぶりに視察団
      で行った中国の発展をみて魅力を感じ、中国
      進出を目論む。
2005年 中国杭州市に連絡事務所を開設。

2007年 2年間の準備を経て、日本国内事業を譲渡整
      理及び渡航のために離婚し、杭州市に居住
      12月事務所兼用目的でJAZZBARを営業開
      始するが、許可申請等の諸問題で仮営業す
      るも6カ月以上休業状態が続く。

2009年 さらに契約上のトラブルでやくざとのトラブル
      で営業休止状態金田中集団及びインドネシ
      ア人と日本人からの出資を受け、日本型喫
      茶店の新業態開発として金田中珈琲館に
      転換、総経理に就任現在に至る日本国内
      においては稲盛和夫京セラ名誉会長の盛
      和塾に学び、稲盛経営哲学を中国で実践す
      るつもりで渡中した。中国特有の原因による
      失敗を多く経験、ギリギリの状態は脱した
      が、まだまだこれから起きる出来事に自分
      を奮い立たせながらの毎日を過ごしている。

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