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セミナー

◆◆死んでも間違いを認めない
>言い逃れと言い訳

中国には「死不認錯」=死んでも間違いを認めない。と言う言葉があるぐらいに 絶
対自分の間違いに対して 謝罪しません。 絶対に謝らない。謝る事は 自分の負け
だと信じています。

逆に「謝った」と言う事は、負けたと言う事を認めたと言う事であり

負けた以上は 負けたのだから ちゃんと最後まで 相手の言う事をきくのが当たり
前だとも思っています。

だから おいそれと謝れないのです。

なにせ 死んでも謝らないのですからwwww

間違いを認めるのは、一生のうちに何回あるのでしょうかねー。

ですから 中国の人が謝ると言う事はもっとも難儀な作業です。

しかも 中国の人に謝ると言う事は そのことを考えると とても慎重にしないと危
険な行為になります。 一度 認めてしまうと 彼等は 必ずそこを突いてきます。

また謝ればすむと言うものでもなく、どこまで謝ればいいのかという事でもありませ
ん。

そこを考えて対処しないと大変な事態を招きます。

日本が 中国に謝罪した後の 経緯も同じような気がします。

決して 謝罪したのが間違いだといっているわけではありませんよ。 誤解なく・・・。

かといって 一部だけの部分謝罪では 納得しませんし、完全に間違いを認めてし
まっては 全ての責任を持たないといけなくなるので大変な事になる。

この点を十分に理解したうえで付き合わないと 話がこじれます。

ですから 基本的に中国人はまったく別な形での解決を目指します。

謝らないで事を済ますことや水に流す事に尽力します。それが この国の交渉術で
す。

この辺が 何か落としどころかもしれませんね。 いいのかどうかは別にしても・・・。

ただ、ほとんどが 話のすり替えですから納得できることなんてありません・・・。

でも これはもうしょうがありません。

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山口 康一朗

山口 康一郎
1958年 鹿児島市に衣料品卸業の家に生まれる
1975年 17歳で喫茶店を開業
1981年 23歳で結婚、中古電化製品販売会社を起業。
      中古電化製品専門店3店舗、
      携帯電話販売店AUショップ6店舗、
      金券ショップ3店舗まで拡大。

2000年 福岡にビジネスコンテンツ目的の、
      コンプリート(株)を設立する。

2003年 鹿児島事業の状況変化のため、福岡撤退、道
      半ばにして鹿児島に戻る。7年ぶりに視察団
      で行った中国の発展をみて魅力を感じ、中国
      進出を目論む。
2005年 中国杭州市に連絡事務所を開設。

2007年 2年間の準備を経て、日本国内事業を譲渡整
      理及び渡航のために離婚し、杭州市に居住
      12月事務所兼用目的でJAZZBARを営業開
      始するが、許可申請等の諸問題で仮営業す
      るも6カ月以上休業状態が続く。

2009年 さらに契約上のトラブルでやくざとのトラブル
      で営業休止状態金田中集団及びインドネシ
      ア人と日本人からの出資を受け、日本型喫
      茶店の新業態開発として金田中珈琲館に
      転換、総経理に就任現在に至る日本国内
      においては稲盛和夫京セラ名誉会長の盛
      和塾に学び、稲盛経営哲学を中国で実践す
      るつもりで渡中した。中国特有の原因による
      失敗を多く経験、ギリギリの状態は脱した
      が、まだまだこれから起きる出来事に自分
      を奮い立たせながらの毎日を過ごしている。

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