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セミナー

◆◆中国で一番初めにやったこと
日本人として一番最初に考えることは やはりトイレですね。
普通 中国に商売をしようという日本人が 中国で飲食店を開業するときは、新装開店が普通です。

中国人が経営していた飲食店を そのまま 引き継ぐというケースはあまり無いと思うのですがその場合 気になるのが やはり トイレです。

トイレって 大事ですよねー
営業初日に まず 徹底的に洗いました。

トイレ洗浄剤も 大量投入!
消臭剤も たくさん購入!

ゴム手袋して 金属ブラシを使って 磨きました。

まあ もともと タバコを 店内で 床に落とすことも全然気にならないお国柄ですからしょうがないのですが
トイレでも タバコの吸殻が 便器の中にはさすがに捨てませんがトイレのタイル床にごろごろです。

慣習というものは 恐ろしい。何故、たばこの吸い殻を室内の床に捨てる事が出来るのか日本人には理解しづらいと思います。

普通の食堂でも灰皿を要求すると「没有(ない)」といい、困ってどこに捨てるんだと仕草をすると 自分の店の床を指で指す。
そういう事なんて当たり前の国ですからねぇ

とはいえ、おしっこが 滲んだかもしれないタバコの吸殻って 嫌ですよねーゴム手袋とは言え、拾ってゴミ箱に入れるのに躊躇する始末。

最近ホテルやデパートのトイレは 本当にきれいなところも多くなってきました。ですが、マナーがよくなったということじゃなさそうです。
大きなビルやデパートや公共施設では 必ず清掃員がいて マナーが悪くても、その後を きれいに掃いたり 拭いたり ゴミ拾ったりするんです。

それが できない小さなお店では トイレのきれいなお店が本当に少ない。

そこで 私は決意しました。
なにも豪華や贅沢なつくりじゃなくていいから
「まずは 杭州で一番 清潔で安全安心なトイレにしよう!」
「杭州政府から ほめられるようなトイレを作ろう!」
「中国で お手本になるトイレを 目指そう!」
臭いが取れるまでに3日かかりました。

従業員は呆然と見ています。何故なら経営者(老板)がトイレ掃除するなんて考えられないからです。

この結果は後編に続きます。

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山口 康一朗

山口 康一郎
1958年 鹿児島市に衣料品卸業の家に生まれる
1975年 17歳で喫茶店を開業
1981年 23歳で結婚、中古電化製品販売会社を起業。
      中古電化製品専門店3店舗、
      携帯電話販売店AUショップ6店舗、
      金券ショップ3店舗まで拡大。

2000年 福岡にビジネスコンテンツ目的の、
      コンプリート(株)を設立する。

2003年 鹿児島事業の状況変化のため、福岡撤退、道
      半ばにして鹿児島に戻る。7年ぶりに視察団
      で行った中国の発展をみて魅力を感じ、中国
      進出を目論む。
2005年 中国杭州市に連絡事務所を開設。

2007年 2年間の準備を経て、日本国内事業を譲渡整
      理及び渡航のために離婚し、杭州市に居住
      12月事務所兼用目的でJAZZBARを営業開
      始するが、許可申請等の諸問題で仮営業す
      るも6カ月以上休業状態が続く。

2009年 さらに契約上のトラブルでやくざとのトラブル
      で営業休止状態金田中集団及びインドネシ
      ア人と日本人からの出資を受け、日本型喫
      茶店の新業態開発として金田中珈琲館に
      転換、総経理に就任現在に至る日本国内
      においては稲盛和夫京セラ名誉会長の盛
      和塾に学び、稲盛経営哲学を中国で実践す
      るつもりで渡中した。中国特有の原因による
      失敗を多く経験、ギリギリの状態は脱した
      が、まだまだこれから起きる出来事に自分
      を奮い立たせながらの毎日を過ごしている。

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