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◆◆上海坊発楽商務諮詢有限公司
総経理 川尻俊二氏
副総経理 村松茂氏
『楽器屋からスタート、イベント音響へ』
【今回の企業】
国際都市として凄まじい発展を遂げる上海。そこでは企業主催の展示会、国際展覧会をはじめ、神戸コレクション2009上海など様々なイベントが開催されている。そうしたイベントの裏 側で、縁の下の力持ちとして活躍する企業がある――楽器屋としてスタートした「坊発楽(ファンファーレ)」だ。現在ではイベント業務を中心に活躍し、さらにスタジオ経営まで手掛け ている。「坊発楽」が会社登記に至るまで、またこれからの坊発楽について、ファンファーレの総経理 川尻俊二氏、副総経理 村松茂氏お二方にお話を伺った。
- ―お二方が上海に渡り、「坊発楽」を設立するまでの経緯を教えてください。
- (川尻) 私が始めて上海を訪れたのは、96年の新婚旅行です。当時の上海は、現在の面影が全く無い開発途中の都市でした。しかし、私はその混沌とし た雰囲気をもつ上海に対し、非常に大きな魅力を感じました。日本に帰国後も、上海の魅力に取り付かれた私は、翌年、当時勤めていた長崎のイベント会社を休職し、上海への留学を決意します。その後一年間の語学留学を経て、帰国後、長崎のイベント会社に復職します。しかし、どうしても上海に対する想いを拭いきれず、2000年に退職し、翌年1月、再度上海へ渡る こととなります。はじめの半年間は上海バーめぐり、飲み歩き、音楽イベント参加を通して「自分が上海で出来る事」を探しながら、意識的に“音楽のある場所”に出向くようにしまし た。
その後、自分に出来る事を分析した結果が『楽器屋』でした。そして2001年6月、現在のファンファーレの原型ともいえる楽器屋をオープンしました。しかしオープン翌年、経営不振が原 因で店を一度畳むことになります。その失敗の経験を基に、さまざまな問題点を見直し試行錯誤した結果、これまで得た知識を生かした「音響」に関する業務を始めることになりました 。それが現在のファンファーレです。
(村松) 私は就職氷河期と騒がれていたときに日本の大学を卒業しました。就職が困難であった当時、中国人の友達に上海での仕事を誘われますが、「まずは中国語の勉強をしたい」と 考え、上海への留学を決意します。そして、上海留学時に川尻と出会い、お互いに音楽好きな私達は、「今後、上海で音楽に関る仕事をしたい」などという話によく花を咲かせていまし た。しかし当時、学生である私には何を始めようにも元手になる資金がありません。そこで私は一度日本で就職し、資金を蓄えながら上海へ渡る機会をうかがうことにしました。自分が 日本で働いている間、川尻が上海で楽器屋を経営している話を耳にして、「負けてはいられない」と思いながらも、8年間日本で働き続けました。2005年、勤めていた会社を退職後、念願 の上海へ再び渡り、川尻と共にイベント会社「坊発楽」の会社登記に至りました。 - ―その際の会社登記はどのように行われたのですか?
- (村松) 会社を立ち上げる際には資金も勿論重要ですが、それ以上に人脈、情報など、“目に見えないもの”がとても重要になります。我々が会社登記するにあたり、一番重要な役 割を果たしたのは、川尻の「人脈」でした。中国において、外国人が会社登記する場合、中国国籍の代表を擁立する必要があります。上海で起業する日本人は、擁立した代表に騙される リスクも大きいため、代表の人選には細心の注意が必要です。その点、川尻は、既に長い上海生活の中で深い人脈を築いていた為、信用のおける中国国籍の友人から代表としての名前を 借りることができ、現在まで大きな事件もなく、会社経営が成り立っています。また、登記のサポート面においても、コンサルティングをしている川尻の知人により、格安で請け負って もらうことができました。私の資金と川尻の人脈、知識を持ち寄り、会社登記は順調に行うことが出来ました。
- ―その中国人パートナーを信用できるというポイントは、どこで見分けましたか?
- (川尻) 彼は田舎から出てきて起業している人でしたので、共感できるところが多く、水が合いました。そして、当時はすでにお互いがそれぞれの利益を与え合えるような関係 になっていました。どちらか一方を失えば、互いにデメリットが生じると分かっていたからこそ、そこに信頼がありました。
- ―御社の業務内容について教えてください。
- (川尻) 現在は2つの業務を重点的に行っています。1つ目はイベントに関する業務です。主にイベントにおける音響、照明の手配。そして必要に応じて司会者や歌手など、人の手配も行 います。2つ目は音楽スタジオ「スタジオ坊発楽」(※「スタジオ坊発楽の概要を~」参照)の経営です。
- ―イベントに関する業務に関してお伺いします。具体的に、御社にはどのような依頼がございますか?季節ごとに教えてください。
- (川尻) 中国では7月が卒業時期にあたるため、夏は夏祭りに加え卒業ライブなどがあります。秋は運動会、サッカー大会、展示会などが多くなり、冬は企業様から忘年会、新 年会の依頼が怒涛のように舞い込んできます。それが終わると一段落つき、機材のメンテナンスなどを行いながら忙しい時期へ向けて準備を整えます。
- ―御社にはどのようにして受注が入るのですか?
- (村松) 大企業が催すイベントの場合、まず大きな広告代理店から制作担当の小さな広告代理店に受注が入ります。受注の内、音響・照明など弊社が得意とする分野を引き受ける という形が主流です。他に、坊発楽のホームページを見たお客様から依頼をいただくこともあります。
- ―イベント音響、照明を行う際にプレッシャーを感じる事はありますか?
- (川尻) イベント開催は一発勝負なので、失敗は許されません。「成功して当たり前」という前提がありますので、それがプレッシャーとなり重くのしかかります。例えば、イ ベント運営についての要求は高いが、予算が少ないということがありますが、そのような条件下でもイベント運営に一定水準のクオリティーが求められます。しかし、困難な条件のイベ ントでも、クライアントに満足していただけるステージにすることができれば、イベント屋としての冥利に尽きます。
- ―「スタジオ坊発楽」の概要を教えてください。
- 「サロンのようなものを運営したい」という念願の夢を形にすべく、2008年9月1日、誰でも自由に使える『スタジオ坊発楽』を開設しました。1階はバーと2部屋のスタジオがあり、2階にはビリヤード台を設置しています。小さい練習スタジオのレンタル費用は60元/時、大きいスタジオの場合は120元/時となっており、スタジオ坊発楽全体(事務所以外)の貸切費用は500元/時と設定しています。用途として はバンド練習の他、パーティーや討論会など、自由に利用できます。このように、お客様の使い方次第でさまざまな顔に変化するのが『スタジオ坊発
楽』です。音楽スタジオなので、ど んなに騒いでも問題ありません。さすがにドラムの音より大きな声は出ないでしょう(笑)。時には、スタジオ坊発楽でイベントを企画・開催をすることもあります。しかし、まだ立ち上げ て間もないため、これから積極的に宣伝活動を行いたいと思っています。 - ―これまでにスタジオ坊発楽にて行われたイベントはどのようなものがありますか?
- 10月のスタジオ坊発楽オープニングパーティーから始まり、上海市内のバンドの自主開催コンサート、坊発楽が主催したジョンレノンの追悼ライブ、AIDS撲滅の音楽イベント、 上海長渕剛会など多種多様なイベントを開催しています。
- ―スタジオ坊発楽の今後の展望についてお聞かせください。
- (川尻) 敷居をどんどん低くし、誰でも気軽に活用できるようなスタジオ作りをしていきたいと思っています。お客様には、「スタジオ坊発楽に行けば何でもできる」という気 軽な気持ちで足を運んでいただきたいです。
(村松) バンド演奏などのライブの枠だけに囚われない、お客様のアイデアによって多種多様な使い方ができるという面を大切にして、「さまざまな顔に変化するスタジオ」に進化させ ていきたいです。ネンド遊びのように“自由な感覚”でスタジオ坊発楽を利用して、お客様の企画を実現して欲しいです。 - ―仕事をする上で心がけていることを教えてください。
- (川尻) 考えすぎず、シンプルかつ真面目に目の前の仕事に取り組むことです。それと、“基本”を忘れないことが大切だと思います。いつでも基本を忘れないということは、 仕事に限らず全てにおいて大切なことです。
(村松) “真面目に一生懸命”取り組むことです。そうすれば、どんなことが起こったとしても、最後にはうまく行くはずです。 - ―座右の銘を教えてください。
- (川尻) 「泰然自若」――いつも“自然体”でいることが大切ということです。よくお年寄りに「年取ったら落ち着いて」とか、病気の人に「頑張れ」と言いますが、そういう 必要はないと思います。私は病気の人には「頑張らなくていいから、養生しながら“自然体”で生きてください」と言いたいです。
(村松) 「どうにもならなくなった袋小路には、必ず“解決する道”がある」という言葉です。本当にどうしようもなく行き詰ったときには、全てを解決する道が必ずあるという意味で す。解決する道がない場合は、まだ行き詰まっていないと考えています。 - ―お二人の目標を教えてください。
- (川尻) 近い目標は、上海万博での大活躍です。「川尻がいないとダメだよ」と、どこからも声がかかるような、大活躍を収めたいです。遠い目標としては、上海の音楽文化が 発展するように努めていきたいです。あとは、ただ平和に過ごせれば……それだけです。
(村松) 僕も上海万博で「村松がいないと困るよ」と言われるくらいの大活躍をしたいです。遠い目標でいえば、たくさんの方にファンファーレを長く利用していただけたらと思ってい ます。そしてまだ模索中ですが、海外に展開したいという目標があります。上海万博後、拠点が充実してくれば自然な流れで海外進出できると思います。 - ―最後に学生へメッセージをお願いします。
- (川尻) 「礼儀正しさ」や「まじめさ」を常に忘れずに、日本人としてのアイディンティティーを大切にしてください。
(村松) 「若いのだからあせらずに」と言う人もいますが、僕としては若いからこそ、僕らの世代を脅かすぐらいの勢いで、積極的にがんばってほしいと思います。 - ―ありがとうございました。
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上海坊発楽商務諮詢有限公司
総経理 川尻俊二氏
副総経理 村松茂氏住所:上海市法華鎮路528号
TEL:021-6281-0815 -
インタビュアー:稲留慶司
執筆:新居翔太
同行:華迪斐
校正:鳥谷拓真、浜田あゆみ -
【編集後記】
自分には「自分は定年まで会社に勤め続けるんだ」という考えが無意識にありましたが、取材後、「人生は何でもあり」だと考えるようになり、自分に大きな変化がありました。また話 を聞く中で、縁や人脈の重要さを痛感しました。今回、取材を引き受けていただき、ありがとうございました。(新居翔太)
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- 「せっかく中国経済の中心地・上海でいるんだから、生の中国ビジネスに触れたい!」そんな思いを胸に、当時、上海財経大学に留学していた小林直樹が立ち上げたサークルです。現在のメンバーは、日本人留学生と中国人大学生で構成されており、上海で活躍する日系企業を取材し、それを「RINKOKUメールマガジン」として発行中です。他にも、留学生向けセミナーや、中国人学生向けの企業見学会を開催しています。全活動の方針を決める定例会議を、毎週土曜日午前10時より、上海財経大学の中山北一路校区で開いています。










