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セミナー

◆◆第0講 プロローグ
私が中国と付き合うようになってから早25年あまりが経った。
80年代の中国は、いわゆる社会主義的な計画経済の象徴とも言われた人民公社が大都市の郊外にも残り、一万元あれば「万元戸」と大金持ちともてはやされた、そんな時代だった。
この頃の外国人の中国訪問は、いまとは比べものにならないほど不自由なものだった。ビザなし渡航など当時から思えば夢のまた夢。そもそも訪問ビザは自由に取れず、出張するともなれば中国側から公電や招待状を取り付けて、大使館に折衝してようやく許可が下りる…といった不便を強いられた。緊急事態が起きてもすぐには飛べず、いざ出発しようにも飛行機の切符も法外に高かった。
その上、現地に行けば、交通事情や衛生事情、ホテル設備や食事の悪さなども重なった。つまり、中国に関わるビジネスの遂行は、ただ「無数の高いハードル」が立ちはだかり、企業にとって費用的、時間的負担が重くのしかかるものだった。

なぜ、私のページの冒頭にこんな「昔話」を記したか。
「昔の中国はもっとたいへんだったんだから、今、弱音を吐くのは根性がない!」といった無責任な叱責をする意図はさらさらない。
いうまでもなく、現在もなお、中国へのビジネス渡航、いや中国ビジネス全体には「日本人が感じる厳しい規制やさまざまな不便」が存在する。しかし、「ちょっと昔の中国はひどいところだったから、いまも同様にひどいに違いない」という先入観を持って、(ややもすると免罪府をかざして)、負のバイアスがかかった形での中国との付き合いはそろそろ止めても良いのでは、と考えるのだが。

「本当にそんなに不便か?」−中国のビジネスインフラについて考える、では、「ひどかった頃の中国」を回顧しながら、進化を続ける現在のインフラ事情を展望。その上で、実際のビジネスにどう生かしていくか、について検討していきたい。

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伊藤雅雄

◆◆伊藤雅雄
大学で中国語と比較文化論などを研究。
卒業後、旅行会社に就職。以後20年あまり、方面を問わず「日本人の行きそうな外国の街」のほとんどを添乗や視察、営業などの目的で渡航。

とくに中国への造詣が深く、25年間で全土の省・自治区をほぼすべて訪問した。
業務の合間に地元の人々からさまざまな情報を仕入れ、「人々の暮らしや習慣」に興味を持つようになり、やがてエッセイやコラム執筆を始める。

2007年夏よりイギリスに在住。近著に「中国人ご一行様からクレームです(三修社刊)」。
雑誌への寄稿なども多数。

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